2008年09月01日

そして生徒がいなくなる?

前回の「就学率にだまされるな」に続き、今回はいかにバングラやパキスタンで小・中学校の生徒達がドロップアウトしていくかを示すチャートを添付します。

バングラデッシュgone(Bangladesh).ppt    パキスタンgone (Pakistan).ppt

ひと学年を10年間追って調査するのは現実的にはかなり難しい。そのため、統計書から1年生、5年生、6年生、10年生の生徒数を取って比較する。

2つの国で全く同じような傾向がでているのは興味深い。1年生が1000人いたとすると5年生になるのはその約半分。そのうち8割が中学校に進み、中学校の最後の学年(10年生)に進むのがまたその約半分。1000人中、10年生(日本でいう高校1年)までたどり着くのは約200人。

パキスタンでもバングラでも10年生のときに試験(Secondary School Certificate)がある。この試験をパスするのはパキスタンで129人、バングラで67人になる。(難易度は2つの国で違うので、この2つの数の比較はあまり意味はない。)

どうして、生徒がこんなにいなくなってしまうのか、、、また後々書きます。






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2008年07月09日

教育と言語

家では日本語のみを話していますが、小学校に入学したら中国語で勉強します。先生は中国語のみ喋ります。そして中学校に進むとみんな英語で勉強することになります。もちろん先生は英語のみ喋ります。

冗談のような政策ですが、これが多くの途上国で行われています。例えばパキスタン、NWFP州出身でパシュトーン語を家族で話しますが、小学校にいくとウルドゥ語で教育がされています。そして、中学や高校に進み英語が主体になっていきます。 

アフリカの国々も同様で、ケニアの場合、家では部族の言葉を話し、小学校ではスワヒリ語で学び、中学校では英語で学びます。ケニアの場合は学校で民族語を喋ると体罰でした。

これでは、勉強の内容どころではなくなります。また、先生が生徒の母語をしゃべれない場合もあり、先生と生徒のコミュニケーションがとれないこともあります。

このような教育システムでは多くの子供達が途中で振り落とされます。もし、日本で中国語、英語を使って教育したら、どのくらいの子供達が大学までたどりつけるのか、、、。

なんとか残った生徒達は言語力がとても豊かになりますが、どの言語でも中途半場ということにもなりえます。

言語と教育に関する調査によると、まずは母語でしっかり教育を受けてから、第2の言葉を導入するのがもっとも望ましいそうです。この場合、母語のみで勉強してきた人よりも成績が伸びることが多いそうです。数年前にこの調査のレポートをみました。探して、見つかったらブログに貼ります。

言語は多くの国でかなり政治的な意味があるので、多くの教育省は触れないでいます。でも、もし国全体の教育を向上させたいなら、この課題に積極的に取り組んでいく必要があります。

今日の写真はバングラでの小学校です。

00510028s.jpg


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2008年04月23日

Political Will とPopular Will

パキスタンの教育に関連の会議に出ると必ず出る言葉は「Political Will」。政府のヤル気とでも訳すべきか。とにかく、教育が量と質とともの改善されないのはこのPolitical Willとお金がないからだという議論になる。すくなくともこんな議論が数十年はくりかえされている様子で、パキスタンは例外ではない。

正論である。政府のヤル気とお金がとても大切な必要条件であることは間違いない。いろいろな国の例を見ればそれは明らか。でも、これらは教育の質と量を上げていくには十分条件ではない。民衆の内からこみ上げてくる意思・ヤル気(Popular Will)が必要である。この民衆の意思はオカミからの意思よりも遥かに巨大で強い。

日本の寺子屋運動や戦後の韓国はこの民衆の意思のため、教育は大きく広まった。韓国人の上司が言っていた。戦後の時代、両親はなけなしの牛を売っても、子供の学費を支払っていた。こんな民衆のヤル気・Movementが起これば教育の拡充も大きく進む。

自分にとってはこの2つのWillは鶏と卵のような関係で、どっちが先なのかよく分らない。でも、少なくともいえるのは、両者がなくては目的達成はできない。









posted by ichiro at 11:39| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 途上国の教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月07日

コミュニケーションの定義

コミュニケーション(教える)は相手が理解してそして完結する。これは一般的な定義。しかし、途上国の多くの学校の中ではコミュニケーション(教える)は先生が何かを発するということで完結する。

自分はしっかり教えた、子供たちは理解できるほど賢くなかった。これは典型的な教師の言い分。

簡単なことをかなり難しくいい、「どうだわからないだろう、俺についてこれるか?」という態度は学校の中だけでなく仕事上の会議やプレゼンでもよく出会う。なるべくわからない言葉やマニア用語を使って嬉しそうな人もよくいる。

この誤解は世界のどこにでもあるが、小学校の先生レベルではとても望ましくない。これは5年間小学校に通っても、読み書きや計算がまともにできる子がすくない大きな理由のひとつだ。子供が理解する=仕仕事完了 ぐらいの考え方の変換が必要である。








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2008年03月20日

バングラデシュの初等教育状況

ここパキスタンに来る前はバングラで2年半働いた。バングラとパキスタンは歴史的につながっている。

教育状況も似ているといえば似ている。特に初等教育に関して一言でいえといわれれば「初等教育5年間に半分がドロップアウト、残った半分でまともに読み書き計算ができるのは3割」 (一言どころか2文になってしまいました。) 理由は山ほどあり、このブログ上で、追い追い述べさせていただこうと思います。

少し前ですが、バングラでの教育状況に関してプレゼンをしたのでそのときのPPTを添付バングラ教育状況.pptします。ご参考になれば幸いです。内容はすこしマニア好みで重いファイルです。すみません。

 
posted by ichiro at 11:31| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 途上国の教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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