2013年04月30日

家族と感情 


40歳半ばになった自分だったらどうしただろう。感情を抑えて自分の命のため踏みとどまれただろうか、、、でも家族がまだそこにいたなら、、母だったら、妻だったら、ましてや子供だったら、、、

3月22日に山火事に襲われたミャンマーとの国境の難民キャンプに行った後はこんな事ばかり考えてしまいました。
http://www.bangkokpost.com/learning/learning-from-news/342260/refugee-camp-fire-cause-still-in-dispute

国内の飛行機を乗り継いだ後、山道を3時間、車で川を何度も渡って、雨季は絶対に辿りつけないところにそのキャンプはありました。

着いた時に見た光景は、2年前に見た東北と同じでした。なにも残ってない。3500人が住むこの避難民キャンプ、負傷者は1000人以上、37人が命を失ってしまいました。



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ここに住むのは国境の少数民族の人たち、国籍がないのでミャンマーの人でもなし、タイの人でもなし、Statelessと呼ばれる人たちです。キャンプの中で生まれ、育ち、外にはでれずに人生を終えます。

キャンプ内に焼けてしまいましたがCommunity Learning Centerがあり、タイ政府とUNHCRやNGOの支援を受けていました。

小さい子から10代の若者がタイ語や、英語、ミャンマー語を習っていました。残念ながら37人の犠牲者の中にはそのLearning Centerで学んでいた子たちの写真がいくつも含まれていました。

その写真のなかに16歳ぐらいと思える少女の写真が、おばあちゃんの写真の横に並べられていました。

彼女の名前はEh Dee Na。燃え盛る火から逃げて来たのですが、おばあちゃんがいないことに気付き、また火の中に入っていったそうです。二人は帰ってくることはありませんでした。

同じような男の子の写真も違うおばあちゃんの横に並べられていました。荒れ狂う状況が頭に浮かび、言葉がでませんでした。

そんな状況で冷静に判断なんていくつになってもできるわけないだろうなぁ、、、無理に決まってる。こんなキャンプの中で強く結びつきながら生活する家族。家族が生きている意味なのです。

おばあちゃん達は孫達が助けにくることを絶対に拒んだでしょう、でもそんな気持ちが子供たちに届く訳ありません。


火事から一ヶ月経過して、家の再建が徐々に始まっていました。竹と落ち葉で家をつくります。
何人かの子供たちや若者に会いました。新たな人生に向かっている気持ちが伺えました。


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電気も水道もないこのキャンプ、電池や日用品が不足しています。自分はこの村(キャンプ)にソーラーライトを沢山購入して送り届けることに決めました。もしご賛同いただける方がいらっしゃったらmiya160アットgmail.comまでよろしくお願いします。

本日もブログにアクセスいただきありがとうございます。


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posted by ichiro at 11:06| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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