2010年04月12日

平和というものは鳥のようなものだ


iStock_000011217516.jpg


僕は、戦車、カラシニコフ、地雷を知っています。でも、「平和」というものがどんなものか知りません。

見たことがないからです。でも、他の人から聞いたことがあります。

僕はたくさんの武器を知っています。ほとんどの武器は、バザールや、街や、学校の壁や、家の前や、バスの中や、その他どこでも見られるからです。

「平和」というのは鳥のようなものだと教えてくれた人がいます。また、「平和」というのは運だと教えてくれた人もいました。でも、それがどうやってやってくるのかは知りません。

でも、「平和」が来ると、地雷の代わりに花が植えられると思います。学校も休みにならず、家も潰されなく、僕も死んだ人のことを泣くことがなくなると思います。

「平和」が来たら、家に帰るのも自分の家に住むのも簡単になると思います。銃を待った人が「ここで何をしている?」とか訊かなくなると思います。

「平和」が来たら、それがどんなものか見ることができると思います。
「平和」が来たら、きっと僕が今知ってる武器の名前を全部忘れてしまうと思います。(アフガンの10歳の少年)

この少年は、自分が何をしらないかを認識している。僕は自分が何をしらないかを認識できているだろうか。

カブール・ノート(戦争しか知らない子どもたち) 山本芳幸 著 

週末は読書に耽りました。カブールノートはもう10年ぐらい前に出されたものですが、今でも十分読み応えのある本です。

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posted by ichiro at 11:13| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | パキスタン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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