Pakistan Literacy Year 2010-.pdf
2009年07月11日
Pakistan Literacy Year 2010
数日前にパキスタンの首相が「2010年はパキスタン識字年」と宣言した。
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これはNGO、ドナー、教育を促進しようとする有識者・政府官僚、その他の関連組織・人の集合的な努力の結果であろう。教育に関して度重なる提唱を行ってきたUNESCO・UNICEFの貢献もすくなからずあるはずだ。(と思いたい。)
この素晴らしいニュースに驚くとともにこの好機をいかに有効につかうべきなのか、いろいろなアイデアが浮かんできた。
もちろん、政府がこのような宣言をすることは初めてではない。自分がここにいる数年間でも教育に係わる政府の宣言は4つはあった。まだひとつも守られていない。宣言をすると政権が代わってしまったりして続かなかったりする。新しい政権が引き継ぐことはまずない。
今回は識字「年」ということでいろいろな活動が政府や市民団体とできる。しかしながら、いままでのような政府官僚や政治家が参加するアドボカシーや政府主体のイベントばかりでは大きな結果は生まれない。
また、批判的なNGOや大学、その他がただ集まって、問題・文句を片っ端からリストして政府に提出するのもあまり意味がない。
そんなことを考えているとこんなフレーズが頭に浮かんだ。
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2009年07月10日
タナリバー・ブラザース 10
夜になった、電気もなにもないこの村は真っ暗で月の明かりと小さなランプでの生活になる。静かすぎる時間。
ムインディは暗くなってからどこかに行ってしまった。きっと悪さをするために友達とでも会いに行ったんだろう。
ムインディの両親やおじさん達とハチミツ地酒で乾杯した。ケニアでは客人を大事にもてなしてくれる。自分のつたないスワヒリ語であまり通じないのだが、意思疎通はできる。
ケニアには約50部族があり、部族で違う言葉を話す。スワヒリ語は英語と同様に国の公用語だが、村にいけば部族語のみ話す人も多い。
すこし酔っぱらって360度以上の星降る空を眺めていると、数十秒ごとに流れ星をみることができる。頭の中にはこの曲がなな流れっぱなし。 http://www.youtube.com/watch?v=jpAl_ekcl0Q
家に帰ってきたムインディといろいろと話す。学校のこと将来のこと、、ムインディは「しっかり勉強してアメリカの大学にいき、そして戻ってきてこの土地までアスファルトの道と電気を引く」と熱っぽく語っていた。
翌朝、起きてみるとムインディのお父さんが山羊を1頭絞めて、バーベキューにしていてくれた。朝から目の前は山盛りのお肉だった。
沢山のお礼をいい、来た時のようにムインディをバイクの後ろに乗っけて学校へ向かった。帰りは登りなので、エンジンは何度もオーバーヒートし、走っては休みを10回ほど繰り返しようやく学校についた。
このントリリ中学だって電気や水道のない超田舎なのに「ほっ」とした。違う国にも思えた。とても刺激的な2日間だった。
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タナリバーにいってからあっという間に15年経過した。世界は刻々と変化しているが、きっとタナリバー周辺は何も変わっていない。いま思うと自分のバイク、MT-Xはタイムマシーンだった。
2009年07月08日
タナリバー・ブラザース 9
その日はムインディの村で子供のサッカー大会があった。えっ、こんなところでもサッカー?、、、となり村よりも子供がきていたり、サッカーをやる広場には300人以上の子供やその親たちがいた。もちろんみんな裸足のサッカー。
その横で大きな石を手に握り、頭から血を出しながら叫ぶおばあさん、あれは何だったんだろう、、、
きっと村始まって以来の日本人だったのか、みんな珍しく驚いたような顔で自分のことをみていた。歩けば20人ぐらいの子供が後についてくる。座れば子供たちはすこし離れて座って自分を囲む。なんだかこっちを見てクスクス笑っているが、自分が急にうごくとみんなビビって走り逃げていく。
ントリリ中学の生徒だってたまに自分の肌をさわりながら、「マリム(先生)、何色の血がながれてるの?」と聞いてきた。そのころあったたくさんの長い髪もなんど引っ張られたか。
ケニアやタンザニア、エチオピアときくとまず頭に浮かぶのはマラソンランナーではないだろうか。たしかに子供や生徒の身体能力は半端ない。
ントリリ中学の運動会でも、なんの練習もしなく、コーチもだれもいないのに、よーいドンで走ると100mを12秒台とか10キロを30分で走ってしまう。子供のときから何時間も野山を走り回っているのがその理由かもしれない。
続く、
(ントリリの運動会にて 撮影:宮沢)
2009年07月06日
タナリバー・ブラザース 8
その地域に住む魔術師・魔女の家を尋ねたが、あいにく不在だった。その家はそれほど奇妙なものではなく、ただ壁にいろいろなものがぶら下がっていた。
ケニア全般にこの魔術師多く存在していて、新聞記事を毎日のようににぎわせている。そしてケニアの海岸沿いやこのタナリバー周辺は特に魔術師が多いといわれている。
学校で自分は魔術師などは信じないといえば笑われる。彼らにとれば科学や数学よりも身近な存在で、とても恐れている。
他の隊員が勤務していた中学校では生徒が授業中に叫び始めたり、走っている生徒が急に倒れたりと奇怪なことが起こり、魔術師を呼び学校をお祓いしたそうだ。
実際、タナリバーを渡るには大人が8人ぐらいのれる木のボートがある。そのボートの真ん中には銀色のひょうたんが置かれていた。ボートの所有者以外がボートを動かすと、ボートは川の真ん中で燃え上がり、乗る人はワニのえさになる。魔術師のつくった呪いのひょうたんらしい。
ムインディは子供の頃、魔術師が木の棒をライオンに変えたと真面目な顔でいっていたが、これは自分をからかっているのか、冗談だろう。それか催眠術にかかっていたのか、、。
タナリバーブラザースの額はよくみると数本の縦傷がある。かれらの父や祖父は長い縦傷が数十本も額にあり、プロレスラーなみだった。
以前、ムインディに「それ何?」ときくと「怪我だ」と言っていた。 実は彼らが病気や原因不明で寝込むときは、地元の医者が額を5センチぐらいの刃物で切り、そこから悪い血を出して病気を治すらしい。
続く、
(タナリバーブラザースはノンフィクションです)
2009年07月05日
タナリバー・ブラザース 7
ムインディの部屋(小屋)に入ると4センチぐらいある蜂がブンブン飛んでいた。
ムインディ:マリム(先生)疲れたでしょ、サワーミルクでも飲んで!
自分:サワーミルク?あ、ありがとう。(うううううう、、ただ腐った牛乳だよ。これは、、)
まぁ、ヨーグルトと思って有難く飲むしかない。
3時間半のドライブの疲れをすこしあったが、ムインディはすぐにそのタナリバーに連れて行ってくれた。タナリバーは川幅30メートルできれいとは言い難いが、ゆっくりと水が流れていた。
ムインディはさっそく素っ裸になり、その川で汚れた服を洗い、そして川で泳ぎだした。彼によると数日前にすぐ近くで女の子がワニに襲われたらしい。
そういえば、中学生の女の子の作文でこんなのを読んだ。
「私はお友達と一緒に川で洗濯をしたり、遊んだりしていました。すると突然、ワニがきて私の片手に噛みつきました。わたしはパニックにおちいり、そして怖さのあまり叫びました。でも、片手があいていたので、その手でワニの片目を強く握り離しませんでした。するとワニはひるんでいき、とうとう噛みついていた私の片手を離しました。本当に怖かったですが、無事でよかったです。、、、」
あまりにメチャクチャなムインディの泳ぎに笑いながら、真面目な顔で川の真ん中を見る(演技)。
自分:「ワニだぁっー、逃げろ!ムインディ」 (冗談)
ムインディはすこしビビった様子だった。
ムインディの泳ぎがあまりにひどいので、結局自分も川に入りクロールを教えた。それがとても不思議な泳ぎ方だったらしく、ムインディはお腹を抱えて笑っていた。
このタナリバーには沢山のワニとカバがいる。まるでギャートルズの世界と書いたがマンモスはいるわけではなく、そのかわりにこの近辺の人は時どきカバを捕まえて食べるそうだ。
タナリバーブラザースの好物はカバらしい。みんな口をそろえて「カバはうまい(Sweet)」といっていた。
続く、
自分:サワーミルク?あ、ありがとう。(うううううう、、ただ腐った牛乳だよ。これは、、)
「私はお友達と一緒に川で洗濯をしたり、遊んだりしていました。すると突然、ワニがきて私の片手に噛みつきました。わたしはパニックにおちいり、そして怖さのあまり叫びました。でも、片手があいていたので、その手でワニの片目を強く握り離しませんでした。するとワニはひるんでいき、とうとう噛みついていた私の片手を離しました。本当に怖かったですが、無事でよかったです。、、、」
自分:「ワニだぁっー、逃げろ!ムインディ」 (冗談)
ムインディはすこしビビった様子だった。
2009年07月04日
タナリバー・ブラザース 6
タナリバー・ブラザースが学費を家に取りに帰るので、そのリーダーのムインディと一緒にブラザースの村にいくことにした。
自分:ムインディ、村はどのへんなのかな?
ムインディ: モンバサのちかくだと思う
自分:も、モンバサ?ありえない!モンバサはここから700キロあるんだぞ。
ムインディ:たぶん、そんなにとおくないと思う。すぐそこだよ、マリム(先生)
自分:、、、、、、
ちなみにモンバサとはケニアで一番の港と美しい海岸があるところ。モンバサのちかくでとれるヤシの実に似たものが、ムインディのおじさんの畑でとれるので勘違いしているらしい。
ムインディを愛車のHonda MT-X(原チャリ)の後ろに乗せて、学校よりいざ出発。
まず、40キロのラフロードをバリバリ下る。乾季だったので、道路に舞う砂ぼこりが激しく、前に車が通ると1分は前が見通せなくなってしまう。
そのあたりの土は赤く、細かい。40キロのドライブの後、ヘルメットをしていなかったムインディは頭より赤土・砂を浴びて、辛うじて目があく状態で黒人ではなく赤人になっていた。チリチリの頭のヘアーも真っ赤で笑ってしまった。
さらにそこから15キロ、岩場を通り水のない川を2本渡った。川が結構大きかったので、水のあるときはどうするのと尋ねると、「歩く」と答えていた。もう車などとても入ってこれないのである。
進むにつれて道が険しくなり、またガソリンも心配になった。だいたいこんなところでパンクや故障したらもうお手上げ。山賊か地元の人にボコボコに殴られてバイクとられちゃうかもな、、と弱気になる。
「まだ着かないの?」と聞くたびに「あと1キロ!」という答え、、、結局それで10キロ進んだ。
そして出発してから3時間半後にタナリバーブラザースの村についた。周りを見渡した、こんな音楽が頭の中に流れていた。
「ゴンゴンゴンゴン、ゴンゴンゴンゴン ゴーン ン ゴーン!はじめ人間ゴゴゴーン、ゴンゴー。」
はじめ人間ギャートルズだの世界だ。標高は低く、暑い、本当にあつい。緑はほとんどなく、牛が15頭、山羊が20頭ぐらいいて、見渡す限り赤土が広がっていた。そして驚くべきことにその見渡す限りの土地は彼の一族のものということだった。
続く、、、、
ムインディ: モンバサのちかくだと思う
自分:も、モンバサ?ありえない!モンバサはここから700キロあるんだぞ。
ムインディ:たぶん、そんなにとおくないと思う。すぐそこだよ、マリム(先生)
自分:、、、、、、
「ゴンゴンゴンゴン、ゴンゴンゴンゴン ゴーン ン ゴーン!はじめ人間ゴゴゴーン、ゴンゴー。」
2009年07月03日
Core Competency of the Country
いろいろな会議にでる。沢山のインテレクチュアルがいて、国の短所のリストを次から次えと紹介する。すごい包括的で的を得ている。
2009年07月02日
タナリバー・ブラザース 5
タナリバー・ブラザーズを悩ますのは学校の学費だ。
我がントリリ中学は全寮制である。寮といっても床が土で倉庫みたいなところに全員寝て、給食を与えられる。ここで給食といってもマメとトウモロコシをただ煮たゲゼリというものを昼夜と毎日ひたすら食べる。朝はウジという、トウモロコシの粉と牛乳を合わせたスープのみ。
このような寮制の学校の1年間の学費は2万円。 安いとおもいますか?
1日太陽カンカン照りの下、畑で働くと日給70円しかもらえないケニアの田舎で2万円は高すぎる。日本で肉体労働して日給1万円もらえたとすると、この学費は285万円に相当する。
それでも弱小中学のひとつであるントリリの学費は他中学校と比べて安いほうだった。
学期のはじめに学費を払わなくてはいけないのだが、殆んどの生徒は払えない。払えるのはクラスで1人か2人で、他の生徒は1000円程度もってきて取り合えず学校にいさせてもらう。
しかし、数週間もしないうちにそれらの生徒は全員、学費を集めに家に帰される。
みんな、地元に帰って、親や親類に会う。少しづつだけど、みんなから集められる貴重なお金だ。
当時のケニアでは中学にいけるのは、全体の20%程度。田舎では10%程なので、中学に行くこと自体、その家や地元のHopeなのである。
学費全額には程遠いが、お金を集めて学校に帰るバスにのろうとする生徒、そして見送りにくるおばあちゃん。バスに乗る瞬間に、おばあちゃんは孫の手にお金を握らせる。生徒は泣き崩れる。おばあちゃんは笑いながら泣いてる。
校長がみんなを家に帰してから授業ができるようになるまで最低でも1週間から2週間かかる。しっかりとお金が集まらないと、無情にも学校はまた生徒を家に帰すのだった。
これが繰り返されると、お金のない生徒は学期中の半分は学校にいられないか、中退することになる。
2009年07月01日
タナリバー・ブラザース 4
タナリバー・ブラザースの5人目の最後の紹介は2年生のマウキ。
マウキはいつもニヤケでいた。さわやかな笑顔とはすこし違う、ニヒヒとしているのである。成績は常にトップクラス、努力家である。また、頑固なところは手ごわい。
授業で宇宙の話で、地球の大きさ、太陽の大きさの話をした。
マウキ: 冗談じゃない、太陽が地球より大きい?、マリム(先生)見てみろあんなに小さいじゃないか!
と太陽を指さし力説。
進化論の話をする。
自分: もともと生物は海の中にいて、それが陸上にあがり、長い長い年月を費やしていまのような人間・動物になっています。
マウキと他生徒: 何言ってるんですか、マリム(先生)、人間は神様が創造したんですよ。
自分:それは宗教上の話でしょ。科学・生物学的には長い年月の進化で人間ができたんだよ。
マウキと他生徒: そんなはずはない!マリム(先生)はそれ見たんですか?
自分:、、、、、、、、、みてません。 じゃ、神様が創ったの見たんですか、君たち?
マウキと他生徒:、、、
ケニアにて男女格差は激しく、女性の能力は低いと誤解されているし、教育においてもハンディを与えられている。そんなジェンダーに関する話も授業中にした。
タナリバー・ブラザースは特に女の子に偏見があったが、どのクラスでも女の子が成績でトップを取るのが不思議で、また納得がいかないようだった。
と太陽を指さし力説。
2009年06月30日
タナリバー・ブラザース 3
キアニアはタナリバー・ブラザーズの唯一の1年生、でも顔が一番怖い。8年間の小学校の後に中学1年生になるので、15、16歳ぐらいがクラスの大半を占める中、キアニアは18歳。
他のブラザースと同じで勉強とスポーツにとても熱心だった。とてもぶっきら棒で、入学したてのころ、学校の敷地内にあった自分の家にきていきなり
キアニア:そのバイクに乗らせて。(自分がJICA事務所より貸与されていたもの)
自分: ダーメに決まってるでしょ。
キアニア:金は払う、そのバイクに乗る。
自分: 、、、、、、
キアニア:じゃ、家に行くときにバイクの後ろに乗っけていって、、(家は学校から60キロ離れている)
自分:、、、、、、、、、(表情:信じられない、、)
キアニア:、、、、、、(表情:信じられない、、このケチ)
イサイアは2年生だった。背が低くめで、メタボ体型だったのでみんな「ムゼー(長老)」と呼ばれていた。イサイアの本当の年齢を知っているものはいなかった。20歳をこえてみえるし、風貌や動きが本当にムゼーだった。それでいて、成績はブラザースらしくなく、いまひとつだった。
同じことを3回、授業で説明して、みんなに理解できたか聞いてみる。イサイヤ含め「YES、マリム(先生)」すごい自信で返答される。
そして10分後、まるで何もなかったようにイサイヤは同じことを質問してくる。吉本の間としては長すぎる。とにかく人のやる気を無くすのである。正直というか、基本的にあまり人の話を聞いていない。
しかし、テストに対する執着はすごかった。時間がきても絶対やめない。彼にとっては「時間です」と言われてからが勝負だったのに違いない。
自分:時間でーす
イサイヤ:カリカリ・コリコリ(何か回答している)
自分:時間でーす
イサイヤ:カリカリ・コリコリ
自分:お時間ですよ、ムゼー (耳元で)
イサイヤ:カリカリ・コリコリ
そして最後は答案の引っ張りあいになる。答案がちぎれる前、最終的に取り上げるとイサイアは「この、人でなし」といった表情で自分をみつめたものだ。
続く、
自分: ダーメに決まってるでしょ。
キアニア:金は払う、そのバイクに乗る。
自分: 、、、、、、
キアニア:じゃ、家に行くときにバイクの後ろに乗っけていって、、(家は学校から60キロ離れている)
自分:、、、、、、、、、(表情:信じられない、、)
キアニア:、、、、、、(表情:信じられない、、このケチ)
イサイヤ:カリカリ・コリコリ(何か回答している)
自分:時間でーす
イサイヤ:カリカリ・コリコリ
自分:お時間ですよ、ムゼー (耳元で)
イサイヤ:カリカリ・コリコリ


